助けてくれた恩人。それは小学校時代の同級生。

こんにちは。
たかほしです。
毎日ミューパラを聞いています。
今回は「助けてくれた恩人。」についてお伝えします。

小学生の同級生が恩人。

僕は小学校は地元の学校に通いました。
僕は小学4年生から友達がいない生活をして
一人ぼっちでした。
なので、毎日学校に行くのが嫌でした。

そんな時に小学3年生から同じクラスメートのH君がいました。
すごく体格がよくて、
柔道をしている同じクラスメートの男の子でした。
僕は常に一人ぼっち
グループで何か発表するときも
友達がいなくて
仲間に入ることができなかったときに
そのH君は僕と同じになってくれました。

視覚障碍者の僕に声をかけてくれた。

僕は4年生から友達0で、
一人も友達がいなくて、
友達と遊んだ記憶がないです。
土日はずっと家で家族と過ごしたり、
兄弟の同級生と遊んだりして過ごすのが楽しみでした。

当時は「友達がいないことは悪いことだ。」と思っていました。
僕はそれでも毎日学校に行っていました。

”そして、その同級生のH君
休み時間になるとをかけてくれたのです。
当時は「俺と遊んでもらって申し訳ない。」と思っていましたが、
その同級生は僕がいじめられても常に庇ってくれたのです。

中学校からはそれぞれ違う学校に通い始めた。

僕を庇ってくれた同級生とは
地区も帰り道も真逆でした。
僕は小学校よりも西に家があって
その同級生は学校よりもに家がありました。
そして、僕が住んでいる地域では
あるがあります。
「その橋よりも東西に住んでいるか?」という判断基準
中学校が決まります。
つまり、僕とその同級生は中学校になると
それぞれ違う学校に通うことになりました。
同じ学校に通っていれば
きっとその同級生と友達を続けていたかもしれないですね。

この時代にスマホがあればその同級生と連絡をしていたかもしれない。

僕が小学校の時はまだ携帯電話もなかったです。
PHSが流行る手前の世代だったので
メールもなかった時代です。
当時の僕は人の家の固定電話の番号を聞く勇気もなかったです。
なので、中学校からは
それぞれ違う道に進みました。
もし、この時にスマホが流行っていれば
間違いなく連絡先を交換したり、
SNSを聞いていたかもしれないです。
僕は虐められながらでも、
その同級生が常に助けてくれたので、
「学校に行きたくない。」という感情は薄かったかもしれないです。

友達は数よりも質。

友達って多い方が勝ちではないと思います。
「友達が多い。」ということは、
またその友達の友達もいます。
そうすると、必ず悪口が大好きな人にも出会うことにもなります。
そうすると、根も葉もない噂を流す人も中にはいるのも事実です。
そうすると、あなたとその人との友情を壊される可能性もあります。
これが一番危ないです。
これをされると
今までの友情や気づき上げた信頼関係の時間もすべて壊されてしまうのです。

これが友達の多さのデメリットだと考えています。
なので、友達は少なくても何のコンプレックスもないのです。
そして、友達と言うのは相手が選ぶのではないです。
あなたが選ぶのです。
「この人なんか合わないな?」や、
「この人と合うから友達になろう。」と思って友達を選んでもよいのです。
自分で選んだ友達は大切にできます。
もし、途中で「何課最初とは印象が違うな?」と違和感を感じれば、
友達をやめればいいだけです。
「俺ら友達だよな?」と煽ってくる人は要注意です。

この言葉が1回でも出たら
あなたはその人を警戒した方がいいですよ。
本当に友達ならば洗脳したり
煽ってきたりはしません。

あなたを見守ってくれているのです。
あなたが友達を選ぶ一方で
相手からも「あなたと友達になろうか?」ということを
判断されていることは忘れてはなりません。

あなたが誠実にしていれば、
相手からも自然と友達になってくれます。
誠実な心と
感謝の心
尊敬の念をもって人と接していれば
いい友達と出会うことがあります。
これらの気持ちを持ち続けてください。

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