ハラハラした話。それは毎回目の手術が決まってからの話。

こんにちは。
たかほしです。
毎日ミューパラを聞いています。
今回のメッセージテーマだった
「ハラハラした話」についてお伝えします・

目の手術前からハラハラした。

僕は目の手術を過去に右目が6回で
左目を3回しました。
僕は毎回目の手術の前はかなり不安に襲われていました。
それが「手術した後、俺の視力は見えるのか?」と
手術前から、結果に対して、ハラハラしていたのです。
「全盲になったらどうしよう。」

こんなことばかり考えていたのです。
その結果、毎回入院前から食事が喉を通らなかったです。
そして、夜も寝れずに、どんどんと憂鬱さが増してきたのです。
僕は全身麻酔で毎回手術して
手術前には必ず天敵と
睡眠薬を呑んで必ず手術室に行きました。
手術当日に、
先生が
「大丈夫やから。」
「落ち込むけど頑張ろう。」と言ってくれたのです。
僕は緊張して落ち込んでいたので
先生のその言葉に対して素直になれなかったです。
ですので。心の中では「うるさいは。黙っとれ。」
「お前に何がわかるんや?きれいごとやないか?」
「軽々しく言うな。」とひねくれていました。
毎回手術の前はこういう状態でした。
でも、これって手術を経験した人間にしかわからないと思います。

高校生の時に先生に言われたことばが衝撃だった。

僕は高校3年生の時に目の手術を2回しました。
そのときの手術は、4回目と5回目の手術だったのです。
もうこの時点で3回も目の手術をしていたので、
僕の視神経はかなり弱っていたのです。
これを踏まえて、
先生は、おそらく僕に対して言いづらかったことだと思います。
でも、当時の僕は受け入れられなかったです。
実は4回目の手術をするときに先生から言われたことばがあります。
もうこの言葉は忘れることができません。
「二十歳で失明は覚悟した方がいい。」ということでした。
僕は正直この時はショックだったのです。
この言葉が、「僕の手術の緊張度を増した言葉だ。」と感じています。

結局は26歳まで弱視でした。
救いだったのは、学生時代に弱視の状態で
墨字で勉強できたことです。
これに関しては本当に感謝です。

それと共に、心の準備は常にしていました。

26歳の時に言われた言葉。

僕は6回目の手術を26歳の時にしました。
この時はもう全盲になっていたのです。
僕の視力の状態は
現在では光のみを感じている状態です。
当時26歳だったときは、
「相手が着ている服の色は白か黒か?」というはっきりした色は見ることができていました。
しかし、現時点ではこの状態も日によって見える時と見えないときがあります。
自分が何色を着ているかもだんだんと見えなくなってきたのです。

僕は26歳の時の手術をするときに
「手術をしたくない。」と頑固して断りました。
すると、先生から
「結果はどちらに転ぶかはわからない。」
「もし、この状態を放置していれば間違いなく光も感じなくなる。」と言われたのです。
現に僕の当時手術する前の眼圧は50代後半の状態でした。
薬を飲んでも
目薬を差しても眼圧はよくなるどころか
悪くなる一方だったのです。
僕はこの状態でも、
現状を受け入れることができませんでした。
それはただ単に手術が怖いという状態と
僕は高校3年生の時の手術後の導尿がすごく痛かった記憶が強かったので
常に拒否していました。
僕は最終的に手術を受ける決意をしました。
その時に先生に「導尿は嫌だから、やめてください。」
「この条件を守っていただけるのなら手術をします。」と言って手術をしました。

とはいっても、
僕は正直言えば先生を疑っていました。
「導尿されたら嫌だ。」という気持ちになっていたのです。
この気持ちが強かったから
手術前になると緊張していました。
結局は、先生は約束を守ってくれました。

手術は怖かったですが
現在では10年近く眼圧も落ち着いている状態です。
毎回手術が決まった時から、ハラハラしていましたが、
光は維持できていることには本当に感謝しています。

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