自分の機嫌は自分でとろう。不運があったときこそ、自分と向き合うべき話。

こんにちは。
たかほしです。
毎日ミューパラを聞いています。
昔は自分の機嫌は自分でとれずに、
イライラすれば、人に当たってました。
その結果、人とよくケンカをしました。
ケンカの理由を分析して、自分の機嫌は自分でとれるようになりました。

どうして、今回この記事を書こうかと思った理由。

 11月16日のミューパラでパーソナリティーである、ヤユヨのリ子さんが、
不運が続いて、気持ちがふさがっているということを北村新平アナウンサーに打ち明けていました。
 北村真平さんは、リ子さんにこのようなことぉ言ってました。
「そんなに不運が続くと、気持ちがふさがるね。」
「大人になれば、難しくなるのが、そんな状態でも自分の機嫌は自分で取らないとだめだよね。」というお話をされてました。

僕も確かにその考え方には賛同です。

不運が続いた時の対処法。

起きていることは仕方ないと受け入れる。

不運は結果で起きたものです。
起きたものを気にすると、余計に不運が続いてしまいます。

それよりも、次は、どうやって行動を切り替えていくかを考えた方がいいです。

時間の経過を見守る。

不運が続くと、本当に長続きしてしまいます。
これは、辛いものです。
いいことが長く続くと嬉しいですが、不運が続くと、不安に押しつぶされます。
これを考えてもどうにもなることではないです。
まずは、不運が起きていることに対して気にするのではなく、
「きっと、この時期を乗り越えれば、いいことが待っている。と思えば、不運を乗り切ることができます。
こう考えると、時間が自然に経過していき、不運から幸せに変わることもあることでしょう。

楽しいことに力を入れる。

これ、北村新平さんも、リ子さんも言われてたのですが、
楽しいことをすることは、すごく良いことだとおもいます。
僕のストレス発散方法は。
休みの日には出かける。
おいしい食べ物を食べる。
音楽やラジオを聞く。
ゲームをする。
旅行に行く。
上記の楽しいことをして、乗り切ります。

ちなみに、リ子さんは、優しい音楽を聞いて、
「不運があったことを忘れるようにしている。」と言われてました。
僕も優しい音楽を聞いて、不運があったことを忘れるようにしています。
その一方で、北村真平さんは、「趣味の幅が広いので、とにかく、嫌なことが起きたら、そちらに逃げる用意はするようにしている。」と言われてました。

2人の行動は素晴らしいと思って聞いていました。

嫌なことがあった時こそ、ストレスを発散しよう。

不運が続くと、怒りが込み上げてきます。
「なんやねん?ついてねぇな。」と思い、
すぐにでも感情を吐き出したくなりますよね。
だからと言って、人に八つ当たりはしてはいけません。
これは、NGです。
発散するのは、1人の時や、
誰もいない空間でしましょう。

僕のストレス発散方法。
不満があることに関して、紙に書いて、ストレスを発散する。
誰も見ていない空間で一人ボクシングをする。
そして、心の中で叫ぶ。
散歩をして、嫌なことを忘れる。
歌を歌ってストレスを発散する。

これをするだけで、かなり気持ちがスッキリとします。

不運が続いたときは、落ち込んでも問題ない。

人間ですので、不運が続くと、気持ちが落ち込みます。
これは、生理現象なので、仕方ないのです。
人間は、我慢すると、必ず限界がきます。
そして、それを貯め込めば、心の疲労につながります。

ですので、落ち込みたいときは、思い切って落ち込みましょう。

落ち込むだけでは、問題は解決しない。

不運が続くと、落ち込みます。
しかし、いつまでも落ち込んでいると、いつまで経っても問題は解決せず、前には進みません。
その先の問題に向き合うことが大切です。

不運が続いた時こそ、自分と向き合おう。

この考え方、すごく大切です。
不運が起きた時は、どうしても悪いことに意識が向きがちですが、
これを考えていると、問題は解決しません。
それどころか、不運が長続きしてしまうという悪循環に陥ります。
あなたが今やるべきことはなんでしょうか。
これを考えることが大切です。
ぼくであれば、毎日ブログを更新することを常に目指して行動しています。
なので、ふんが続いて、怒りの感情が込み上げた時、
ブログのネタを常に考えています。
なので、不運があったことに対して落ち込んでいる余裕はないのです。
ブログを考えて、手を動かすと、
1時間後には自然と不運があったことなど、忘れてしまいます。

不運は行動の結果である。

不運は、行動の結果で起きるものです。
裏を返せば、行動ができている状態です。
行動していることが素晴らしいことです。

改善できる問題があれば、そこは改善しよう。

例えば、財布を忘れることが多いのであれば、
常に財布を使ったらカバンの中に入れる習慣をつけたり、
財布が必要だとわかれば、財布を手放さないなど工夫はできます。
電車に乗り遅れることが多いのであれば、
普段より5分早めに家を出る。
このように、不運に対する原因がわかれば、改善しましょう。

そうすることで、不運が起きることはかなり予防できます。

不運があった時こそ、人に話をすると意外と忘れる。

不運があると、1人ではどうにもならないことがあります。
こう言う時こそ、誰かに話をして聞いてもらうと、嫌なことは結構忘れることがあります。
ただし、注意しないといけないことは、
愚痴にならないことが大切です。
愚痴になると、かえって逆効果になることがあります。

人に話を聞いてもらうと、「頑張ろう。」という気持ちになり、
気持ちの面でも切り替えることができます。

自分の機嫌は自分で取れないと、ただの子ども。

 自分の機嫌は自分でとらなければいけません。
大人になると、必ずいいことばかりは起きません。
時には、思い通りにならないことや、
苦しいことも待ち受けています。
こうなったとき、イライラしてしまいますよね。
その気持ちはすごくわかります。
だからといって、イライラを他人にぶつけるのは、子供のすることです。
大人になれば、自分の機嫌は自分でとるのが当たり前です。
これこそが、大人になるということです。

自分の機嫌は自分でとれないのは、感情のコントロールができていない。

大人になれば、自分の機嫌は自分でとらなければいけません。
他人は、あなたの機嫌をとりません。。
相手に機嫌をとってもらおうという態度をとれば、
自分の機嫌はいつまでたってもとれません。
体調管理も自分でしなければなりませんよね。
自分の体調は自分で管理しますよね?
仮に風邪を引いたとするならば、どうして風邪を引きますか??
風邪を引くにも必ず原因があります。
だったら、その原因を取らないと、同じ繰り返しで風をひいてしまいます。

あなたの機嫌が悪くなるのは、一体何が原因ですか?
それを、自己分析することが大切です。
そして、その原因に遭遇した時に、問題を改善しないと
同じことの繰り返しになります。

問題を見つけて改善できて、はじめて感情のコントロールができるようになります。

不運になるのは、自己責任だと自覚しよう。

不運になるのは、大半は自己責任です。

寝坊したのは、誰の責任ですか。
電車に乗り遅れるほど、ぎりぎりになったのは誰の責任ですか?
全て、あなたの自己責任ですよね?
自分の問題に対して、誰も責任なんて一切とりませんよ。
不運が続いてしまうと思うのであれば、不運になる原因をしっかりと分析する必要があります。
これを受け止めて、行動を改善することができれば、
心にも余裕が生まれてきます。

ということで今回は以上です。

人は不運が続くと、冷静でいられないのは当たり前。

 最後に、僕が伝えたいことは、人間ですので、不運が続くと、不安に押しつぶされます。
これは、人間だれしも陥ります。
僕も2013年には次のような不運がありました。
2013年の10月に全盲になる。
2012年から眼圧が下がらないまま、2013年の年末に目の手術をする。
理不尽なことで、上司に怒られる。
これだけの不運が続くと冷静ではいられないです。
このときの僕はかなり気持ちがふさがりました。
それは、全盲になって、「これからの未来はどうなるのか?」という不安があり、
途方に呉れていたからです。
僕は弱視時代にはよく買い物に行ったり、
外に出かけるのが大好きな人間でした。

僕は弱視時代からも白杖は持参してました。
僕の弱視時代の視力は0.01で、視野は下の部分はほぼ見えていませんでした。
学生時代から、先生からも歩行訓練を進められましたが、
当時はまだ視力も見えていたので、先生には歩行訓練を断っていました。なぜならば、「まだ見えている。」という甘い気持ちがあったからです。
その結果、弱視時代は、歩行訓練や、正しい白杖の使い方を知らないまま弱視時代を過ごしたのです。

そして、全盲になってから初めて、
「歩行訓練をちゃんとしていればよかった。」とめちゃくちゃ後悔したのです。
後悔してもどうにもならなかったので、気持ちを切り替えて、前を向く決意をしました。
出かけるのが好きという気持ちは弱視時代と変わらなかったので、
仕事を1年半休んで、大阪の施設に行って歩行訓練や展示の勉強をしました。
歩行訓練ができたとき、すごく喜びと達成感を感じていたことは今でも覚えています。
ここまでの道のりは決して平らではなかったです。

全盲になって、施設に入るまでに3か月待ちという状態でした。
そして、一人で出かけることができなかったので、常にイライラもしていました。
なので、「出かけたい。」や
1日でも早く施設に行って、
「早く歩行訓練をしたい。
」と家族の都合を考えず、わがままを言ってました。
その結果、家族と毎日ケンカをしていました。
今になれば、身勝手な言動をしていたことに気づいて恥ずかしくなりました。

言えるのは、こんな辛い経験があったからこそ、今こうして、楽しく出かけることができます。
後悔したことは、弱視時代から素直に歩行訓練を受けていればよかったと悔やむことしかできません。
これは、僕の自己責任だということです。

当時の僕は、この責任を他人に擦り付けていた人間です。
これは、過去の失敗ですが、今でも反省すべき問題です。
そんな中でも、僕の歩行訓練を応援してくれた家族にはすごく感謝をしています。
出かけることは本当にうれしいです。
辛い経験があったからこそ、こうして、今を楽しめているのだと思います。

おわり。

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